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ストレスで休む→治る・・のプロセスを「プール」にたとえてみた


◇このページは?

高ストレスによって疲労が蓄積し、休むことになったときのメカニズムや治っていくまでのプロセスを、「プール」にたとえてみました。

適応障害 学びのまとめなどもご参考になさってください。適応障害かるた脱うつの詩(うた)-適応障害たとえ話もあります。


ストレスと疲労のメカニズムを「プール」で表すと・・・

 

この図のように、ストレスが蛇口から「疲労プール」に貯まっているというのが、ストレスと疲労の簡単な図解です。

さて、この「疲労プール」の中で私たちは、大抵はまず「休む(プールの水を排出する)」とか、「逃げる(ストレス源から離れる)」といったことをする前に、「頑張る(水の中で動く)」ことを選択することがほとんどです。

実際、1つ1つのストレスや疲労でいちいち休んだり、逃げていたりしては、肝心の「お金」も「経験値」も貯まっていきません。だいいち、全くストレスもない生活をしていれば、すぐにボケること必至でしょう。

すなわち、「やりぬく力」そのものは、生きていくために不可欠な力です。ですから、とにかく普通は、「頑張る」ために、私たちは「栄養ドリンク」や「カフェイン」「お酒」などの力を借りて、その場を乗り切ります。あるいは、交感神経、「アドレナリン」などの内なるエネルギーを使って、ここぞというところでしっかりと踏ん張ります。もちろん、適宜休んだり(有給を取るとか)、適当にストレス源から離れたり(旅行に出かけるとか)して、疲労プールが溜まりすぎないようにもしているわけですね。

しかし、プールの水を排出することもなく、またずっとずっと蛇口を開きっぱなしにしていては、やがて「疲労プール」は満杯になってしまいます。さらに、水が貯まれば貯まるほど、動くためのエネルギーが必要になって、やがて身動きが取れなくなってしまいます。

この図を見ていただくと、「水が溜まれば溜まるほど、身動きが取れなくなっていく」という状態が、直感的に感じられるのではないでしょうか。

蛇口からはストレスが垂れ流れっぱなし、疲労プールの水も溜まりっぱなし。そんな中で必至にもがいていては、やがて力尽きてしまうこと必至です。

「中にいる人が、まったく身動きが取れなくなってしまう」。これが、「過労」と言われる状態です。この状態で動こうとしても、もはや動けません。

ここで「排水(休養)」「注水停止(逃避)」できればまだよいのですが、満水状態で動くのにはそれだけのエネルギーが必要です。もはや排水するエネルギーすら枯渇している状態であって、「排水なんてできるわけない(休むことなんてできるわけない)」という思考に陥り、ますます身動きが取れなくなってしまうのです。

これすなわち、「適応障害」ということになるわけです(ストレスの蛇口からの大量注水はいったん止まったが、水が満杯になっているのでこれ以上注水されてもどうしようもないのが「燃え尽き症候群」と言えるかもしれませんね)。


◇疲労のプールにどっぷり浸かってしまった自分をどうやって助けるか?

では、満水状態になったプールに頭の先まで浸かった自分を、どのように助けていけばよいのでしょうか。

1.バルブを止める(ストレスから離れる)

まずは、ストレスを注水し続けるバルブを止めることが絶対的に必要です。つまり、ストレス源をストップさせる(ストレス源から物理的に離れる)ことが何よりも求められることになります。仕事であれば「休職」が選択肢になるでしょうし、何らかの活動であれば「活動休止」も視野に入れることになるでしょう。「臭いものは元から絶つ」が鉄則です。

2.排水する(休養する)

続いて、溜まった疲労の排水を行います。「休養」ですね。もっと具体的にいうと、「朝起きてすっきりするレベルになるまでしっかり寝る」ということです。良質な睡眠が休養の絶対条件です。

3.本人のエネルギーを充填する

休養の効果を高め、さらに再発を防ぐための最良の方法は、まずは何よりも本人の活動エネルギーを十分に確保することです。いくらバルブを止めて排水して、「見かけ上の疲労」が減っても、本人の「活動エネルギー」が回復していないことにはいくら「認知行動療法」をやったところで効果は薄いでしょう。まずはマイナスを0にして、そこからプラスを入れていく、そんなイメージです。

「プール」の中で身動きが取れるようになったところで、疲弊しきって新しいことに挑戦する意欲もない状態では、どんな「自己啓発」も「感情コントロール」も満足に実践できるわけがありません。心身ともにエネルギーが充填された状態で、再発防止策を取るほうがよいと言えます。

身体の充足

抗ストレス反応が枯渇しきっている状態では、ちょっとしたストレスですぐに参ってしまいます。まずは身体の状態が回復することが大切です。「抗うつ薬」が重要なのはまさにここで、「ストレスから離れて休養することで疲労のプールの水が減ってきた段階において、その中で元気に動き回っていくためのエネルギーを効率よく充填するための薬」として活用できることが理想です。

心の充足

プールの中でそれなりに活動できるようになってきたら、「心」のエネルギーを意図的に充填します。日常の中で「感動」したり、「発見」したり、様々な「気づき」を得るような行動をしていきます。「へえ、こんなところに花が咲いているのか、かわいいな」「今日の青空、高くて気持ちがいいな」「夕焼けがきれいだな、向こうの山肌が美しいな」など、気づいたことを「言語化」するとなおよいでしょう。日常の状況を「感じる」ことができる感性は、磨くことでそのまま活動のエネルギーに転化していきます。

4.プール内での動き方を見直す

バルブを止め(ストレス源から物理的に離れ)、排水し(休養し)、活動するためのエネルギーが充填されたら、いよいよ再発防止策(認知行動療法など)に取り掛かります。まずは「プール内での動き方」を見直してみます。

せっかくよくなったのに、以前と同じ動きをしてしまっているようでは、「せっかくバルブが止まったのに、自分でバルブを開きなおす」ようなことをしてしまうかもしれません。あるいは、結局上手に排水ができずにまたプールの水が満杯になってしまうかもしれません。同じことを繰り返して再度休職してしまうようでは、それこそ「元の木阿弥」です。

「疲労のプールの中で、いかに自分が持続可能な状態で振舞うか」、すなわち「セルフコントロール」「セルフマネジメント」の考え方が、「プール内での動き方」を見直すための要諦です。「自分の認知のクセを否定するのではなく、<把握>したうえで、都度適切な<対処>をする」というのが、持続可能な行動につながっていきます。

まずはカウンセリングやリワークプログラムによって「自分の認知のクセ」を知ることが必要でしょう。そのうえで、例えばアンガーマネジメントなど、感情のコントロール方法を学び、日常生活の中で実践していくことが大切です。

5.プールを広げる、別のプールに入る

バルブを止め(ストレス源から物理的に離れ)、排水し(休養し)、活動するためのエネルギーが充填され、プール内での動き方(セルフコントロール)も見えてきたら、いよいよ、最終段階の「環境調整」に入ります。「プール(環境)そのものの見直し」ですね。

プールを広げる

主に認知行動療法の実践によって、「疲労のプール」を広げていきます。プールの容積が増えれば、それだけストレスを溜める「器」が大きくなるわけですから、疲労に対するキャパシティがそれだけ大きくなるということです。図を見ても明らかなように、本人の活動範囲がそれだけ広がるというわけです。「人間としての器を広げる」努力は、元気な時にたゆまず努力しておきたいものです(繰り返しになりますが、エネルギーがないときには満足な行動は起こせませんから、最初は休養に努めるほかありません。思うに、世の「自己啓発本」がほとんど「実践できない」理由の1つは、「実践するエネルギーがないくらい、みんな疲れているから」なんじゃないかとさえ思えてきます。ちなみにもう1つの理由は、「ほぼN=1の個人の経験情報なので、集合的に適合するかしないかのサンプル数としては少なすぎるから」ということかと思います)。

別のプールに入る

そもそも、これを機に「別のプールに入る」(転職する、異動する)というのも、選択肢の1つです。また、何も1つのプールに拘泥することはなく、「複数のプールに適宜入る」(趣味・仕事・生活)ということもできます。「ああ、別にプールは1つじゃない」という気づきそのものが、気持ちをラクにしてくれるでしょう。

ところでプールからプールサイドに上がるとき、水圧でそれなりに力がいることは経験でご存知かと思います。プールから出るというのは、実にエネルギーを使うことなんですね。

適応障害の初期には「大きな決断をしないほうがよい」といわれます。それは、エネルギーが枯渇している状態で他のプールに入る(転職するとか)ことがきわめて危なっかしいからです。疲弊していては十分な活動エネルギーはありませんから、新しいプールに移るだけでも一苦労です。さらに、「プール内での動き方」(認知の歪み、行動のクセ)が是正されていない場合は、そのプールでも「同じ行動」を繰り返しかねないわけです。まずは十分休んでから、重大な決断をすることがより安全と思われます。

プールを深くし過ぎてはいけない!

先ほど「プールを広くする」と書きましたが、敢えて「深くする」とは書きませんでした。

確かに、「深くする」ことでも疲労に対するキャパシティがそれだけ大きくなることは間違いないのですが・・・。図を見てみると、どうでしょうか。当該のプールから抜け出せなくなっている自分がいることが一目瞭然で分かります。「深みにはまる」と、視野が狭くなり、「他のプール」が見えなくなってしまうのです。深部に行けば、プールサイドにいるはずの「他の人」すら見えなくなります。

自分と向き合いすぎてヘンテコな「自己啓発」や「自分探し」にハマってしまったり、怪しい民間療法に搦めとられたり、スピリチュアルな方向に行き過ぎてしまったりするのが、「プールを深くする」典型と言えるでしょう。気づいたときに引き返せればよいのですが・・・。

繰り返しになりますが、「深くする」ことでも、確かに「体調がよくなっている」ことを実感できます。疲労を溜め込む器は大きくなっていますからね。しかし、掘れば掘るほどそれ以外の景色が見えなくなってきますから、「この方法でいいんだ!」とどんどん深みにハマってしまうわけです。

もちろん「ちょっと掘る」くらいなら誰でもやることでしょうし、むしろそういう行為は人生の「深み」、ないしは人として当たり前にある「凸凹」にもつながっていくのですが、やりすぎると「イッちゃった人」になりかねません。このあたりの塩梅が重要なわけです。自分が「広げているのか、深くしているのか」ということは、ことあるごとにチェックしていくようにしましょう。



公開開始:2022年2月17日
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