※これは思考実験です。小説風にお届けします。前回掲載した「ポリコレ万歳20XX」の「逆」バージョンです。つまり・・・
20XX年X月X日
朝、目覚ましの音が鳴った。やわらかい女性の声だ。
「午前7時です。誰もが起きていらっしゃる時間ですわよ。午前7時です。誰もが起ききていらっしゃる時間ですわよ・・・」
4年前の「ポリコレ抑制法(政治的に正しい社会抑制法)」の施行に伴い、ステレオタイプの社会を全国民挙げて進めていくことになった。
例えば目覚まし時計の声1つをとっても、ポリコレ抑制法の恩恵を受けている。毎朝決まった時間に女性の声で起こされたほうが心地よいに決まっているのだ。
ポリコレ抑制法第1条にはこうある。「社会の統制を守るため、万人のあらゆる状況に配慮して社会を構成することを禁ずる」
・・・私は眠い目をこすりながらテレビをつけた。ニュースを見ようと思ったからだ。NHKのニュースをつける。今日から、NHKは完全に税金で運営されることになった。受信料を支払う必要はもうないのだ。「社会構成員全員が、等しく情報に触れられる権利」が、「受益者負担の原則」を上回った好例と言える。
50代のベテラン男性アナウンサーと、20代のアシスタントの女性が出てくる代わり映えのしないニュース番組が、「ステレオタイプの重要性」を伝えるニュースを延々と読み上げている。
ポリコレ抑制法は社会のあらゆる「政治的に正しい」動きを規制しており、毎日のようにポリコレ抑制精神に反する人々の摘発、糾弾が続いている。
ポリコレ抑制法ができてからというもの、政治の世界では約1%の政治家が「政治的に正しい発言」のせいで「欺瞞だ」「偽善だ」と糾弾され辞任したが、むかしのいわゆる「失言」で辞任する政治家は皆無になった。
変な揚げ足取りがなくなったおかげで国会論議がとてもスムーズに進んで、政策決定のスピードは段違いに早くなっている。経済界でも多くの企業がポリコレ抑制法のおかげで余計な消費者保護対策から逃れ、史上空前の好景気を謳歌している。いいことづくめだ。
世の中はどんどん「本音」で満ち溢れてきている。飛び込むニュース記事の見出しは「真実」「実話」「糾弾」のオンパレードで、嘘偽りがまるでなく、まるでユートピアのようだ。4年前と比べると、本当に夢のような世界。
そんなことを思いながら、朝食の納豆を準備する。納豆のパッケージには注意書きが1つも書いていない。商品名はおろか、賞味期限すらわからない。ただ「納豆」ということだけがわかる。シンプルであり、すべて「自己責任」の世界だ。
いつ買ったものか忘れたが、とにかく私は早く納豆が食べたかったので、特に何も考えずにパッケージを開けた。ちょっとすえたにおいがしたが・・・
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これから出勤だ。私は経営コンサルティングの会社に勤めている。ポリコレ抑制法によって「働き方改革」は棄却され、「会社に決まった時間に出社する」という常識は強化されていった。誰もが薄々気づいていたことだが、皆で同じ時間に同じことをしたほうが、気が楽だったのだ(Aさんは9時出勤、Bさんはフレックス、Cさんはリモートなど、ややこしくてしょうがない!)。毎朝9時に出社すればよいのだが、今日は打ち合わせ。早く出社したほうが上司の評価も高まるというものだ。
昨晩、風呂敷残業で作ったプレゼン資料を鞄にしまう。コンプライアンス抑制も進み、顧客データは、いつでも自由に持ち出せるようになった(何の事前申請もいらなくなって、仕事がスムーズになった)。おかげで持ち帰り残業もし放題だ。Yシャツにネクタイ、スーツを着て、革靴を履いていつも通り出社である。
駅に着いた。いつもと変わらぬ改札口を抜け、ホームで電車を待つ。アナウンスが流れている。「まもなく、1番線に電車が参ります。」
電車が来た。女性専用車両はとっくの昔に消え去ったが、とにかく通勤電車は混んでいる。通勤は60分くらいだが座れやしないので、ただただ流れに身を任せる無駄な時間だ。おっさんが隣でタバコを吸っている。ポリコレ抑制法の結果、電車内の禁煙は「個人の嗜好の自由」にもとる、とのことで禁止されたのだ。そもそも喫煙者は税金で社会にも貢献している。これもお国のためだ、私はむせながら燻る紫煙をがまんした。
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会社の最寄り駅につく。少し時間がある。トイレに寄ろう。私は特に疑問も持たずに「男性専用」と書かれたトイレに入り、気分良く用を足した。
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会社にはすでにチームのメンバーがそろっていた。毎日顔を付け合わせている、どうということもない仲だ。
上司は山田。50代の男性だ。単身赴任中で、1男1女の父でもある。もうすぐ息子さんは大学受験なので、毎日のように願掛けをしている。
実務のトップは佐藤。40代の男性だ。社内結婚をした奥さんがいて(寿退社)、もうすぐ中学生になる娘が1人。
ほかに、田中。30代の男性だ。もうすぐ小学生になる娘が1人。
アシスタントが女性の中野。会社の近くに住む20代の独身だ。よく、山田から「彼氏はいるの?」と軽口をたたかれている。一昔前ならハラスメントとられたようだが、ポリコレ抑制法が登場してからは、むしろ「周囲から口うるさく言われたほうが晩婚化の抑止になる」と、こういった発言は奨励されているのだ・・・
山田、佐藤、田中、中野、そして私が、1つの部署として契約企業の経営コンサルティングに携わっているのである。
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以下、「政治的に正しい」が抑制された生活は続く・・・
公開:2019年11月18日