2019年11月アーカイブ

※これは思考実験です。小説風にお届けします。前回掲載した「ポリコレ万歳20XX」の「逆」バージョンです。つまり・・・


20XX年X月X日

朝、目覚ましの音が鳴った。やわらかい女性の声だ。
「午前7時です。誰もが起きていらっしゃる時間ですわよ。午前7時です。誰もが起ききていらっしゃる時間ですわよ・・・」

4年前の「ポリコレ抑制法(政治的に正しい社会抑制法)」の施行に伴い、ステレオタイプの社会を全国民挙げて進めていくことになった。

例えば目覚まし時計の声1つをとっても、ポリコレ抑制法の恩恵を受けている。毎朝決まった時間に女性の声で起こされたほうが心地よいに決まっているのだ。

ポリコレ抑制法第1条にはこうある。「社会の統制を守るため、万人のあらゆる状況に配慮して社会を構成することを禁ずる」

・・・私は眠い目をこすりながらテレビをつけた。ニュースを見ようと思ったからだ。NHKのニュースをつける。今日から、NHKは完全に税金で運営されることになった。受信料を支払う必要はもうないのだ。「社会構成員全員が、等しく情報に触れられる権利」が、「受益者負担の原則」を上回った好例と言える。

50代のベテラン男性アナウンサーと、20代のアシスタントの女性が出てくる代わり映えのしないニュース番組が、「ステレオタイプの重要性」を伝えるニュースを延々と読み上げている。

ポリコレ抑制法は社会のあらゆる「政治的に正しい」動きを規制しており、毎日のようにポリコレ抑制精神に反する人々の摘発、糾弾が続いている。

ポリコレ抑制法ができてからというもの、政治の世界では約1%の政治家が「政治的に正しい発言」のせいで「欺瞞だ」「偽善だ」と糾弾され辞任したが、むかしのいわゆる「失言」で辞任する政治家は皆無になった。

変な揚げ足取りがなくなったおかげで国会論議がとてもスムーズに進んで、政策決定のスピードは段違いに早くなっている。経済界でも多くの企業がポリコレ抑制法のおかげで余計な消費者保護対策から逃れ、史上空前の好景気を謳歌している。いいことづくめだ。

世の中はどんどん「本音」で満ち溢れてきている。飛び込むニュース記事の見出しは「真実」「実話」「糾弾」のオンパレードで、嘘偽りがまるでなく、まるでユートピアのようだ。4年前と比べると、本当に夢のような世界。

そんなことを思いながら、朝食の納豆を準備する。納豆のパッケージには注意書きが1つも書いていない。商品名はおろか、賞味期限すらわからない。ただ「納豆」ということだけがわかる。シンプルであり、すべて「自己責任」の世界だ。

いつ買ったものか忘れたが、とにかく私は早く納豆が食べたかったので、特に何も考えずにパッケージを開けた。ちょっとすえたにおいがしたが・・・

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これから出勤だ。私は経営コンサルティングの会社に勤めている。ポリコレ抑制法によって「働き方改革」は棄却され、「会社に決まった時間に出社する」という常識は強化されていった。誰もが薄々気づいていたことだが、皆で同じ時間に同じことをしたほうが、気が楽だったのだ(Aさんは9時出勤、Bさんはフレックス、Cさんはリモートなど、ややこしくてしょうがない!)。毎朝9時に出社すればよいのだが、今日は打ち合わせ。早く出社したほうが上司の評価も高まるというものだ。

昨晩、風呂敷残業で作ったプレゼン資料を鞄にしまう。コンプライアンス抑制も進み、顧客データは、いつでも自由に持ち出せるようになった(何の事前申請もいらなくなって、仕事がスムーズになった)。おかげで持ち帰り残業もし放題だ。Yシャツにネクタイ、スーツを着て、革靴を履いていつも通り出社である。

駅に着いた。いつもと変わらぬ改札口を抜け、ホームで電車を待つ。アナウンスが流れている。「まもなく、1番線に電車が参ります。」

電車が来た。女性専用車両はとっくの昔に消え去ったが、とにかく通勤電車は混んでいる。通勤は60分くらいだが座れやしないので、ただただ流れに身を任せる無駄な時間だ。おっさんが隣でタバコを吸っている。ポリコレ抑制法の結果、電車内の禁煙は「個人の嗜好の自由」にもとる、とのことで禁止されたのだ。そもそも喫煙者は税金で社会にも貢献している。これもお国のためだ、私はむせながら燻る紫煙をがまんした。

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会社の最寄り駅につく。少し時間がある。トイレに寄ろう。私は特に疑問も持たずに「男性専用」と書かれたトイレに入り、気分良く用を足した。

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会社にはすでにチームのメンバーがそろっていた。毎日顔を付け合わせている、どうということもない仲だ。

上司は山田。50代の男性だ。単身赴任中で、1男1女の父でもある。もうすぐ息子さんは大学受験なので、毎日のように願掛けをしている。

実務のトップは佐藤。40代の男性だ。社内結婚をした奥さんがいて(寿退社)、もうすぐ中学生になる娘が1人。

ほかに、田中。30代の男性だ。もうすぐ小学生になる娘が1人。

アシスタントが女性の中野。会社の近くに住む20代の独身だ。よく、山田から「彼氏はいるの?」と軽口をたたかれている。一昔前ならハラスメントとられたようだが、ポリコレ抑制法が登場してからは、むしろ「周囲から口うるさく言われたほうが晩婚化の抑止になる」と、こういった発言は奨励されているのだ・・・

山田、佐藤、田中、中野、そして私が、1つの部署として契約企業の経営コンサルティングに携わっているのである。

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以下、「政治的に正しい」が抑制された生活は続く・・・

  
公開:2019年11月18日

※これは思考実験です。小説風にお届けします。


20XX年X月X日

朝、目覚ましの音が鳴った。AIの声だ。
「午前7時です。この時間に音を鳴らしてくださいというお客様の事前の設定をもとにこの音声は流れております。午前7時です。この時間に音を・・・」

いつもながら理屈っぽい目覚ましだ。4年前の「ポリコレ法(政治的に正しい社会増進法)」の施行に伴い、単純に「おはようございます」という音声を流すことは違法になった。なぜなら、この時間から寝る人もいるからだ。ポリコレ法第1条にはこうある。「万人のあらゆる状況に配慮して社会は構成されなければならない」

・・・私は眠い目をこすりながらテレビをつけた。ニュースを見ようと思ったからだ。NHKのニュースをつけようとするが、つかない。あ、そうだった。今日から、「受益者負担の原則」が徹底され、ジャンルごとに定められた料金を払わないとNHKの番組を見ることができなくなったのだった。「災害緊急放送」は無料なので申し込んでおいたのだが、「ニュース・報道」のジャンルに登録するのを忘れていた。月500円はちょっと躊躇する額だ。

しかたないので、月300円で契約している広告なしのネットニュースを見る。

ポリコレ法は社会のあらゆる「政治的に正しい」動きを規定しており、毎日のようにポリコレに反する奴らの摘発、糾弾が続いている。

ポリコレ法ができてからというもの、政治の世界ではほぼ9割の政治家が失言で辞任し、特に害のない発言しかしないお飾りの議員だけが国会に残っている。経済界でも多くの企業がポリコレ法に引っ掛かり、巨額の罰金が科せられてどこも火の車だ。

世の中はどんどん「正義」で満ち溢れてきている。飛び込むニュース記事の見出しは「平和」「平等」「博愛」のオンパレードで、まるでユートピアのようだ。4年前と比べると、本当に夢のような世界。

そんなことを思いながら、朝食の納豆を準備する。納豆のパッケージには注意書きがびっしり詰められたマイクロコードがある。これをスマホで読み込んで、「同意」を押さないと蓋が開けられない仕組みだ。

賞味期限について、その根拠。成分表示について、1つ1つの製法や産地、トレーサビリティについて。それぞれの成分のアレルギーの可能性について。正しい食べ方について。調理の方法と注意点について。また、「納豆は”畑の肉”と称されるが、実際は肉ではありませんのでベジタリアンの方でも安心してお召し上がりいただけます」という表記もあった。

全部で1TBもあるファイルだが、すっかり普及した5G回線によって、スマホの画面には注意書きが一瞬で読み込まれる。私は早く納豆が食べたかったので、特に何も考えずに「同意」を押した。

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これから出勤だ。私は経営コンサルティングの会社に勤めている。ポリコレ法によって「働き方改革」が浸透し、「会社に決まった時間に出社する」という常識は雲散霧消した。いつ出社したってよいのだが、今日は打ち合わせ。本当はオンラインで家にいたまま打ち合わせをしたかったのだが、会社のサーバーに入っている顧客の経営情報を勝手に持ち出せない(なにせUSBメモリに1行のメモを入れるだけで、数百のセキュリティ認証手順が必要なものだから)ので、「会社でやったほうが早いね」ということになっただけだ。TシャツにGパンをはき、スニーカーを選んで3か月ぶりの出社である。

駅に着いた。1つしかない「右利き専用改札口」を抜け、安全柵で囲まれたホームで電車を待つ。アナウンスが流れている。「まもなく、1番線に電車が参ります。」最初は東京弁だ。続いて「まもなく、1番線に電車が参りまっせ。」と大阪弁。さらに「まもなく、1番線に電車が参るんやでなも。」と名古屋弁。・・・このあと、法律で決まっている20種類の方言でアナウンスが流れ続ける。「ことばの多様性の尊重」というやつらしい。来月からは「標準方言」が36種類にまで増やされることがすでに閣議決定されている。

アナウンスは続いて、英語(米英2種類)、中国語(2種類)、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、アラビア語・・・エスペラント語まで、50種類が流れ続ける。これまた「日本で幅広く使われている言語」を流すことが決まっているからだ。「ことばのユニバーサル化を推進する」というやつだそうだ。これも来月からはなんと100種類まで拡充されるという。

一言「電車が来ます」と放送するだけで3分半もかかるので、都市部ではずっと音声が流れっぱなし状態だ。もはや誰も聞いていない。何のためにやっているのだろう、ふと疑問もわく。

疑問といえば、駅や町のあらゆる看板は500種類もの言語で埋め尽くされていて、もはや何が書いてあるか肉眼ではまったく読めなくなっている。これも何のためにやっているのだろう、とふと思うこともあるのだが、そんなことを公に言えば「ユートピアを破壊する悪魔」と罵られるので誰も言わない。

もっとも、幸いにして「スマートグラス」を誰もが持っているので、それを看板にかざすとAR画面に、その人が設定した言語で看板が表示されるようになっているのだが・・・。

電車が来た。1本目は女性専用車両、妊婦専用車両、女子学生専用車両・・と、「ウーマン号」だったので私は乗れなかった。6本くらい待って、ようやく「日本人男性、独身、30代、会社員、標準年収」が乗れる車両を1両だけ見つけたので、それに乗り込む。

ラッシュなどとっくの昔に消え去ったので、久しぶりの通勤電車は空いていて快適だ。20分くらいだが座って乗りたかったので、500円を支払って「座席着席eチケット」を使う。「立って乗っても座って乗っても同じ運賃なのはおかしい」というポリコレの原則に従い、「電車やバスなどの公共交通機関で座るときはプレミア料金を支払う」ことが決まったのは3年前の今頃だったな、と懐かしく思う。

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会社の最寄り駅につく。少し時間がある。トイレに寄ろう。今は「性差別禁止」が厳格に社会化され、トイレの種類もすごく増えた。昔は「男女」しかなかったというのだから、おぞましいことこの上ない。

今は「M・W・L・G・B・T・T・Q・Q・I・A・A・P」の13種類の性的志向別にトイレ設置が義務付けられている。多くの駅でエキナカが廃止され、駅の中はトイレだらけになった。しかし、ポリコレを推進していく上ではやむを得ぬこと、と鉄道事業者は「駅のポリコレ化」を進めていったのである。これもまた、よい時代だ。

そんなことを考えながら、私は「男」のトイレに入り、気分良く用を足した。

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会社にはすでにプロジェクト・チームのメンバーがそろっていた。全員がそろうのは1年ぶりだ。

上司はキャサリン。40代独身の女性である。結婚はせず、3人の男性パートナーと週替わりで暮らしているらしい。実務のトップはチェン。50代のゲイだ。20代の女性と結婚していて、子どもが生まれたばかり。半年間の育休明けである。

ほかに、20代の男子学生リー。彼はとても優秀で、中学のときに飛び級で大学に入り、今は3つの仕事をこなす傍らうちでも働いている。ビーガンで、エコロジストのミニマリスト。いつもほとんど何も身に着けておらず、冬はとても寒そうだ。

もう1人が女性の中野(旧姓使用)。30代の子持ちだ。4人の子どもがいる。中野(旧姓使用)は、結婚したときに夫婦別姓にしようと、もともとの姓である「中野」で「住民登録センター」に登録したところ、間違えて中野(旧姓使用)と打ち込んでしまったため、本名が中野(旧姓使用)になってしまったという面白いおばさんだ。本人もネタにしていて、初対面の人にいつも「どうも、中野 かっこ 旧姓使用 かっことじる です」と自己紹介して強烈なインパクトを周囲に与えている。

このキャサリン、チェン、リー、中野(旧姓使用)、そして私が、1つのチームを組んで契約企業の経営コンサルティングを行っているのである。

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以下、「政治的に正しい」生活は続く・・・


公開:2019年11月4日

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