19年度参院選の開票速報を見て驚いた。5割を切る低投票率の割に、与党は(すでに予想されていた)「大勝」こそしたものの、所謂改憲ラインである「3分の2」を獲得できなかったからだ。正直、意外であった。
そもそも現与党は、首尾一貫して「取り掛かれるテーマを漸次改善していくことに全力を注ぐ」という現実的な姿勢を取り続けていて、かつての民主党のように「取り掛かりもできないテーマを急激に改革することに全力を注ぐ」という破滅的な姿勢をとっていない。だから、政策の実現性が高く、結果としてきわめて安定的な政権運営を実現している。無理がない、ソツがない、冒険しない、ともいえる(だから「保守政党」なのだが)。したがって、その内在的な安定性ゆえに、しばらくはこの長期安定政権が続くだろう。
今回の参院選を観察した上での勝手な感覚だが、投票したマジョリティの総意は「野党はまったく当てにならないし、与党は最近、好き勝手やっている近隣諸国にようやく物申すようになってきたから、消費税10%は確かにムカつくけど、まあ、とりあえず今のままで任せてみてもいいか。うん。やっぱりわけわからん野党よりはマシだしな」てな感じで与党を利したのだろう。たぶん。
でも実は、投票したのは有権者の半分以下なのだ。すなわち、本当のマジョリティは「投票しなかった人たち」であることに留意したい。すなわち、有権者の過半数は「政党の政策実現能力」にハナから期待せず、「どこに入れても変わらないっしょ。」と棄権したわけだ。既存政党へのNOが突き付けられたと言ってもよい。結果的に今回の参院選の主役は、間違いなく「NHKから国民を守る党(N国)」が掻っ攫った。このことは項を改めて書く。
さて。私は野党の絵空事の政策にはまったく期待をしていないが、本項で与党に与する記事を書くつもりもない。ここで書いたのは、<少なくとも無理はしない政権なので、結果的に令和元年の夏現在で見る限りにおいては、日本国では現与党にだけ、物事を前に進める力がある>という現時点での冷静な評価を書いたまでだ。
物事を前に進める、といえば、現与党最大の政策ともいえる「アベノミクス」を挙げなければならない。これはすなわち、デフレ脱却という「今」を改善していく政策パッケージである。どうにもこうにもマクロ経済が上向かない現状を下支えする上では有効と考えられている取り組みであり、事実、人口が激減する中でGDPを下支えし、バブル期レベルにまで税収を復調させたという大きな実績も挙げている。しかし、これはあくまでも対症療法であって、決して「未来」を創造する取り組みではないことには留意を置きたい。
まだ今は「失われた30年」を取り戻すための改善主義でよいのかもしれないが、その分、実は「将来へのインパクト」を感じられないのが今の政治状況の難点である。というか、とても「不安」だ。
なぜならば、「現状から出発せざるを得ない」という政策特性が故に、これからン十年と加速の止まない人口激減時代に耐えられなくなる危険性を、常に孕んでいるからである。
そう、現与党の得意とする「漸次改善」とはすなわち「現状の延長線上」であるからして、この「現状改良主義」で縮小均衡している状況では、政治も、経済も、社会も、大きくシュリンクする危険性があるのである。
「野党はハナから政策実現能力がなく、与党の現状改善主義がかろうじて社会を下支えている」という一強多弱の選択の余地がない政治状況と、毎年何十万人もの人口が減り、子どもの数も減り続け、高齢者ばかりが異常増殖する社会状況。バブル崩壊後のデフレ経済の清算に政策資源をとられ、未来創造分野で諸外国に後れを取っている経済状況。これこそが老後の不安の正体であり、この老後の不安が解消されないからこそ、消費は伸び悩むのである。いつまでも。
少しだけ余談を書くと、多くの野党が決定的に間違えているのは、「格差是正」=「等しく貧乏になる」というロジックを隠して「格差是正」を叫んでいることだ。そりゃ、与党の「まずは景気拡大」=「等しく豊かになる(可能性があるかもしれない)」というロジックには必ず負けるのだ。なぜならば、誰も、今より貧しくなんかなりたくないからだ。
多くの国民の経済感覚は「そりゃ、格差はないに越したことはないが、でも(周囲の)人並の、もっといえば(周囲の)人よりも少しでもよい生活をしたいなぁ」くらいのもんだろう。だから「格差是正」なんて叫べば叫ぶほど、自分だけは人より貧乏にはなりたくないものだから、与党が勝つに決まっているのだ。
もし、「皆で等しく(=貧しく)なろうよ」というのなら、自分の稼いだ金・貯めた金を、一時に等しく皆に配ることを考えてみたらよい。論理的には、すぐに「平等」になるはずだ。でもそんなアホなこと、誰もしないだろう。この本質的な欺瞞性がとっくに見透かされているのだ。
■そして消費税の話へ
さて。かなりの長さの前座の後に、本題を書く。
この選挙結果を受けて決定的になったのが消費税増税(8%から10%へ)である。税金が上がって喜ぶ人はいない。できれば消費税なんてなければいい。そんなことは誰でも思っていることだ。でも、投票者は(間接的には棄権者も)増税を黙認した。
「幼児無償化とセット」「消費税増税分のポイント還元」などの「甘い飴」が事前に大量にまかれたことも大きいが、野党の政策実現能力は国民から見放され、与党の現実改善主義だけが現状の社会を少なくとも下支えすると国民は暗に感じているからこそ、与党は「増税」を訴えたにもかかわらず、議席を維持できたのだ(もっとも、そもそも増税を決めたのが旧民主党政権だったので、旧民主党そのものが増税を決めたことに対して「解党せよ」という民意の審判をすでに受けたともいえるのだが・・・)。
賽は投げられた。ここからはもはや「賛成」「反対」ではない。考えるべきは、「影響」である。消費税増税でどんな影響が出るだろうか。
私は経済学者でも何でもないが、それでも感覚的に感じていることを記しておく。
「もはや国民に増税を受け入れる経済的余裕はなく、消費増税を受けて、決定的に消費回復の芽は絶たれる。」
その理由を書こう。
物価が目に見えて上がっている一方で、可処分所得が一向に改善しないからだ。仮に数%賃金が上がったところで、それ以上に物価と社会保険料の値上がり幅が大きく、家計を直撃しているのだ。
具体的には、「1994年→2016年」で家計の可処分所得は2.3兆円減少(内閣府経済社会総合研究所)とか、バブル期と比べると社会保険料実額負担は実質2倍(ガベージニュース)といった有用なデータが公開されているし、実は、最近の雇用統計(2019年7月公表)で実質賃金が5ヶ月連続でマイナスになっているといったニュース(ロイター)が報道されていもいた。中には影響の出る消費税増税前に値上げをしてしまおうという動き(FNN)もあり、家計の弱り具合は看過できない流れになっている。
とにかくこんな状況では、消費マインドが上がるわけはない。とても今、消費税増税に耐えうる家計状態が醸成されているとは言えないのだ。もう少し踏み込んで書くと、「物価上昇と不況が共存する」スタグフレーション状態に、すでに日本は陥っているとも考えられる。畢竟、物が売れなくなり、デフレに逆戻りする可能性も高い。
すでにその兆候は出ている。複数の報道で呈されているが、<駆け込み需要が発生していない>というのだ。逆説的にいえば、これ以上落ち込みようがないくらい、すでに国民経済がダメージを受けている、という見方もできる(これを敷衍すると、「増税しても、あまり消費が落ち込まなかった」という統計が現れる可能性もある。ただ、論理的帰結として「消費が上向く」こともあり得ないのだ)。
さらに、今後確実に社会問題化するであろう、(タワー)マンション等の住宅の過剰供給も事態に追い打ちをかけている。18年12月に首都圏の新築マンション成約率が50%を割り、大きな話題となった。すでに都心の物件を中心に一般のサラリーマンが手に届かない価格になっているところを見ると、バブル崩壊の頃とそっくりである。ただでさえ空き家が急増している昨今である。堰を切ったように住宅価格が暴落する危険性はないとはいえない。少なくとも、「中産階級が手が届かなくなりつつある」今が、不動産価格の臨界点ではあると言えよう。
ここへ一律2%の消費税増税である。値上げ幅こそ2%であるが、「消費額の10%」と考えると、相当な金額である。同じ月、さらに最低賃金の大幅値上げが企業を直撃する。
突如として「生産設備」や「従業員」の生産性が上がったわけでもないのに、機械的に「支払いの実額」だけ上げていけば、企業の経営をダブルで圧迫することにもつながりかねない。すでに書いたように、賃金を数%上げたところで、物価上昇と社会保険の負担で焼け石に水状態なのだ。ここでこれまで好調であった雇用がシュリンクする危険性も孕むことは、強く意識しておかなければならない(国際情勢もきわめて不透明だ)。
そもそも財務省は、「景気に左右されない財源を確保し、税収の安定化を図る」ことを至上命題としている。何となく、理屈では分かったような気もする。しかし、これはすなわち、「国は景気をよくすることではなく、税を徴収する仕組みづくりを第一に考える」と言っていることと同義である。
「国をよくするために税金を徴収する」のではなく、「税金を安定して徴収するために税金を徴収しやすい仕組みをつくる」という倒錯した状況が目の前にはある。これを「手段の目的化」と言わずして、何というのだろうか。
ここで国民ができることはただ1つ。家計防衛である。先に書いたが、今の政権は現状改善主義、すなわち「よりまし」の民意で存立しているに過ぎない(積極的に支持されていたら、この低投票率の中、そもそも「N国」の当選はあり得ないし、3分の2を楽々とれていたはずだからだ)。
現状改善主義政党の最大のウィークポイントは結局のところ、「現状」に拠って立つ「世論」である。消費税8%→10%への改正は、過去2回延期されている。5%→8%になったときの消費の落ち込みが(当たり前なのだが)非常に大きかったことを踏まえての慎重な対応だった、とする向きが多い。
だから国民がやるべきは、徹底した家計防衛なのである。10%に上がった途端、放っておいても深刻な不況が訪れる可能性は極めて高い。よしんば統計上は「それほど下振れがなかった」という結果が出たとしても、おそらく未曽有のレベルで「消費の上向きがまったく感じられない」状況が継続する可能性は捨てきれない。「大きく落ちもしないが、上がることもない」という迷走が続き、企業も家計も疲弊するだろう。底抜けとはいってもリーマンショックのように「大きな穴」ではなく、「小さな穴」がたくさんできて、少しずつ日本経済の最後の「踏ん張り」を奪っていくイメージである。
少しの衰退がやがて、体全体に影響しそうになる日が来る。やがて景気が悪くなれば、現状改善主義政党の存立は危うくなる。なぜなら、「善なる現状に国民の支持が立脚する」からである。「悪なる現状」になった途端、国民は容易に離れていくのである。そうなってはじめて、「13%にするのはやめて、別の財源を探そう」とか「本当に消費税頼みでよいのか」という議論の萌芽が見えるのだと思う。政策は国民の意識と行動で変えられるのだ。これは現状改善主義の良いところ、ともいえる。
だからこそ、ドラスティックに「家計防衛」をすることで、政策対処のスピードを早めるのだ。「底抜け」の期間は短いほうがいい。
■そこで主張する家計防衛の案はシンプルに2つ。
(1)デフレになる可能性が高いので、貯蓄性向を高める
これから、物は売れなくなる可能性が高い。すると需要と供給の関係で、値下げ圧力は強まる。現金の購買価値が上がるので、貯蓄の割合を高めたい。「老後に2000万円必要だから<投資をしろ>」というキャンペーンがあったが、「投資をしろ」というのは、それで儲かる人がいるからだ。そこまで勘繰らないと、ただのカモである。「これからデフレになるから、<貯金をしておけ>」という意味だと心得たい。
ちなみに、デフレ下の鉄則は「資産の額面を増やそうと思わず、減らさないことを考える」だ。デフレ下では黙っていても現金の購買価値は上昇していくので、それこそ「定期預金」などで手堅く元本を維持するだけで資産防衛になる。
(2)固定支出を見直す
徒歩5分の普通のスーパーでバナナが198円。車で15分の激安スーパーでバナナが98円。さあ、100円のために車で・・・というような日々の節約は、長続きしないことが多い。なぜか。疲れるからだ。同じような理由で、ほうれん草(高い)の代わりにいつも小松菜(安い)を使う・・・のようなことでいちいちピリピリするのも多分長続きしないだろう。
一番確実なのは、固定費を見直すことだ。毎月、毎年という単位で支払うあらゆるもののことである。以前、「浪費チェッカー」という簡易な固定費計算ツールも作ったことがあるので、ぜひ参考にされたい。
■光熱費・・・電気/ガスは小売り完全自由化で選択肢が大幅に多様化された。消費増税を機に自分の家庭に合ったプランを選択したい。
■携帯電話・・・一向に消費が上向かないのは家計における通信費負担がバカにならないから、というのは1つの事実。「キャリアの固定メールアドレス」さえ諦めれば、消費増税を機に家族みんなで格安SIMにナンバーポータビリティで移行するのも1つの手である。
■固定電話・・・もはや「かかってくるのはセールスか詐欺だけ」になってしまった感のある固定電話。これも消費増税を機に考え直したいアイテムの1つだ。
■新聞・・・月4000円(毎日自販機でペットボトルを1本買う)に見合う価値があるかどうか。この価値判断に尽きる。
新聞のメリットは、
(1) 一覧性:視界の中でニュースの全容を把握できる
(2)偶然性:たまたま目に飛び込んだ文字情報だけで(興味のなかったことでも)ニュースの大要を認識できる
(3)易保存性:気になった記事は保存して活用することが比較的容易にできる
の3点であり、これはそのままネットメディアのデメリットでもある。すなわち、
(1)固定的:クリック(タップ)しないとニュースの全容を把握できない
(2)限定的:興味のある記事・ジャンルしか拾わないために接する情報が限定されがちになる
(3)保存性の信頼度:保存はネットサービスの提供企業の意向に左右される
ということだ。一方、新聞のデメリットは
(1)遅い:ニュースの鮮度が落ちる
(2)重い:廃棄が不便である
(3)高い:定期購読をすると、4000円/月程度かかる
といったところか。これはそのままネットメディアのメリットにも転化し、
(1)速報性:ニュースの鮮度が極めて高い、
(2)軽い:物理的な重さがない、
(3)安価:無償で情報を得られるサービスも多い
というところになりそうだ。
こういったことも勘案して、消費増税(新聞は税率に影響しないから余計に)を機に考え直したい固定費の1つである。
■テレビ・・・NHK衛星契約で月2064円(年払いの場合)と考えたときに、それに見合うペイビューを我々はしているのか。アマゾンプライムのほうがよほど視聴しているというケースも多いのではないか。とすると、1番組あたり、いくら支払っているのか・・を冷静に計算してみてもよいかもしれない。
知人でテレビを所持しない人はずいぶんと増えた印象だが、彼ら彼女らは「別に日常生活に困らないことに気づいた」と口を揃えて言う。あるいはそうなのだろう。消費増税を機に「テレビを観ない」という選択肢を採ることも家計防衛の策の1つかもしれない。
■スポーツクラブ・・・月に9000円払っているとしよう。月に4回しか通えないなら1回あたり2250円だ。プールは公営のプールで賄えることはないか。ヨガは近所のサークルでよいところはないか。・・・分解してみると、消費増税を機に見直すべき対象になるかもしれない。
■塾や習い事・・・消費増税は「やめようと思っていたことをやめると言い出すきっかけ」にできるチャンス。この夏は、「秋からどうするか」を家庭で冷静に話し合ってみる機会にできそうだ。
■保険・・・消費増税は「固定支出」全般を見直すタイミング。現在の資産状況なども鑑みて、過剰な保険になっていないか、改めて見直しを図りたい。
■車・・・本当に必要かどうか。カーシェアリングを使った場合/レンタカーを使った場合/タクシーを使った場合などで一度シミュレーションをしてみると、意外と「タクシーでも十分ペイできる」結果が出ることもある。車は(初期費用だけでなく)税金やガソリン代、車検代、さらに保険代などが家計にダイレクトに響くので、消費増税を機にまず見直したい項目だ。
最後に繰り返そう。ドラスティックに「家計防衛」をすることで、政策対処のスピードを早めるのだ。「底抜け」の期間は短いほうがいい。
公開:2019年8月2日