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ショートショート「カードの時代」


朝。男は会社通い。家を出た。まだ独身。

バス停。バスを待つ。結構郊外に住んでいるので、1本乗り遅れると後がない。

バスが来た。運転手に定期券を見せる。

「どうぞ」。

男は手元の黄色いカードを見る。まだ200ポイントか・・・

あと800ポイント貯めれば、リムジンバスに乗れるのだ。

男は毎日10分ぐらいしかバスに乗らないので、なかなかポイントが貯まらない。

よく一緒になるS氏などは、毎日2時間もバスに乗るので何回もリムジンバスに乗っている。

今日はS氏を見かけなかった。とすると、今日もリムジンバスに乗っているのかな。羨ましい。

 

やがて駅についた。郊外の小さな駅。最近は構内にいくらか軽食の店が出来たので、助かる。

男は、朝食をいつもここで済ませている。今日はそばにしよう。

「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか。」

男は、財布の中を見回す。この赤いカードだ。

だいぶポイントが貯まっている。たぬきそばは320円だから、ポイントで食べられそうだ。

「ポイントを使わせてもらうよ」

そばはおいしかった。ただだと思うと、余計においしい。

 

改札口。

自動改札機に、青い定期を挿入する。

ポイントが表示される。ちょうど500ポイントだ。

「やった」

男は思わずうなった。500ポイントごとに、優等席に乗れるのだから。

早速乗らせてもらうとするか。

この鉄道会社、競争のためか、ポイントを弾むようになった。いいことだ。

 

通勤は座れたのだからすこぶる快適だった。

いくらか、高尚なことも考えるゆとりがあった。

軽い足取りで、会社に着く。

受付。

「ポイントカードはお持ちですか」

財布の中から緑色の社員証を出す。

遅刻をしなかったので、男はポイントを貯めることが出来た。大分貯まった。

もし遅刻をすると、せっかく貯めたポイントが、大幅に目減りしてしまう。

このポイントは、そのまま給料に響くのだ。

 

午前。自販機でタバコを買う。

無機質な音が出る。

「ポイントカード ヲ イレテ クダサイ」

入れる。健康ポイントカード。白地に赤い十字架の書いてあるカードだ。

毎月1000ポイントでスタート。タバコを買うたびに目減りする。

男は残りが30ポイント足らずになっていることに気付き、慌てる。

「少し本数を減らさなくちゃな・・・」

天引きの健康保険料は、ポイントの残高に反比例して高くなるのだ。

しかもポイントが0になると、健康講習会に出なくてはならない。面倒だ。

 

昼。同僚と食事。

「この店にしよう」

「このお店がいいわ」

悩んだ末、カレー屋に決まった。

会計のとき、男は青ざめる。

「・・・ない!」

この店のポイントカードを忘れてしまったのだ。黄緑色のカード。

再発行も出来るが、今まで貯めたポイントが全て無駄になってしまう。

同僚たちは皆、口々にからかう。

「馬鹿だな」「間抜け」

男は、複雑な気持ちで750円を支払った。

ポイントがつかないなんて・・・。

 

午後、上司に言われた。

「電池を買ってきてくれないか」

買いに行く。会社の入っているビルの1階にあるコンビニ。

ついでに昨日出た雑誌も買っていこう。

「ポイントカードはございますか」

茶色のカード。今度は持っていた。男はほっとする。

このコンビニはよく利用するので、電池ぐらいはポイントで買えるのだ。

だが、雑誌はそうもいかなかった。

「お客様、雑誌は・・・」

そうだった。書籍は図書ポイントカードで買うことになっているのだ。

「こっちでしたね。」 

桜色のカードを渡す。

先日、趣味の絵画の本を買ってしまい、確かポイントがなかったはずだ。

男は300円を用意する。

だが、雑誌1冊分のポイントは残っていたので何とかただで購入できた。満足。

 

夜。やっと仕事も片付いた。飲みに行く。

たまには独りで呑もうかと思い、行きつけのバーへ行く。

「あら、いらっしゃい。一人?」

「ああ、一人さ・・・今日は疲れた・・・」

「ゆっくりしてらしてね」

「ああ・・・」

静かな時が流れた。

大分飲んだようだ。帰るとするか。

「お勘定ね。」

「ポイントカードは持ってる?」

「もちろんさ。」 金色のカードを出す。

5年以上通うと銀から金になり、ポイントが貯まりやすくなる。なかなか上手い商売だ。

「あら、おめでとう。今日で1000ポイントよ。お勘定は、いいわ。」

「ああ、そうかい。悪いね。じゃ、また来るよ。」

男は、喜ぶそぶりを隠してバーの扉を開いた。

 

帰りの電車。混んでいる上に、猛烈に酒臭い。

中には口から・・・

「帰りにポイントを使えばよかったなぁ・・・」

だが、後の祭り。

 

1時間ほどして、郊外の駅につくと、既にバスは終車となっていた。

タクシーに乗るか。

あのタクシーにしよう。いつだったか、傘を貸してくれた。

橙色のカードを用意し、タクシーに乗り込む。

降りるとき。

「お客さん、ポイントカードはお持ちですか?」

「ええ。」 カードを渡す。

「あ、運のいい方ですねぇ。今日で500ポイント。無料です。」

「え?無料になるのは1000ポイントからだった気が・・・」

「競争が激しくて。これからもTタクシーをお願いしますよ。」

「あ、そりゃ嬉しいですな。どうも。」

男は喜んだ。

 

帰宅。

今日も疲れた。

「ふぅ・・・。今日は、カードのお陰でいろいろ得をしたな。」

 

カードの時代。

男はこう言って、いままで1日中重たそうに背負っていた、

リュックサックのような大きさの財布を、机の上に、どっしりと置いた。


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